Les miZenables

フランス語、ドイツ語、映画や本についてなど。いろんなことを横断的にやっていこうと思っています。

ログ

ここ数週間、ずっと微熱があるようなものなので、もはや健康だった日々のことを忘れてしまった。そんな日々は実在したのだろうか。あったはずだ――そういうここで働いているのは理性の方だ。

最近、群発頭痛というものがあると知った。目の奥がえぐられるように痛むのだという。覚えがある。でも数日間続くわけじゃないし(働けないじゃん)、一日中続くわけでもない(働けないからね)。緊張型頭痛というものがあることも知った。このようにして、頭痛に対する語彙が増えていく。正しいかどうかはともかく、漠然と語彙を増やすだけなら、頭痛薬を提供している会社のページを見れば良い。参考にはなる。
仕事を休んで内科に行ったことがある。頭痛で苦しんでいたから、駆け込んだ。熱もなければ風邪の諸症状もなかった。であれば、我々のところでは何もできない、脳外科に行けと言われた。脳外科は歯医者とは違う。同じく皆が持っているものだが、歯医者ほどのユビキタス性に欠けている。歩けば当たるものではない。調べてみると、高そうだった。結局行かず、頭痛に泣いた。

何を食べて生きてきたのかを忘れた。毎日豆腐を買って帰る。納豆をかけて食べる。基本的にはこれをベースに、半額のよくわからない丼物を買ったり、カップ麺を食べたりする。今まで何度も食べてきたものだし、そこに惹起される印象もなく、何かが恐ろしくて味わうこともしない。現実的な食に対する関心がなくなっている。何も食べなくても良い。何を食べてもどうせ同じだ、そのように感じる。コンビニに並んでいるプロテインバーだけが有意に美味しい。それから、誰かの書いた物語の中の食事にも味覚が機能する。夢、夢を食べているのかもしれない。ぼくにだって、美味しいものを食べたことがあるはずだ。そのようにして、過去のことなら信じられる。

正常とされる基準面を忘れつつある。世間一般の、というのはどうせ見極めることができないが、せめてぼくにとっての、はわかるはずだった。誰かがこの海の栓を抜いたのだと思う。ぼくの横たわるボロボロの小舟は、今知らず識らずのうちに、だんだん水位を低くしていく。