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ブログをメモ帳と勘違いしている

シャーロック・ホームズは天動説を知らなかったのか、という驚きからフッサールを経由してどこかに行く話

こんにちは、織倉未然です。今日はシャーロック・ホームズの話をします。

僕はBBC制作のドラマ『SHERLOCK』シリーズがとても好きで、そこから探偵ものが好きになった人間です。以前からそういうジャンルには興味があったし、『名探偵コナン』とか『金田一の次元簿』なども連載していた上に、祖母の書庫にはミステリが大量に並んでいたことからも、環境はある程度整っていたと思うんだけど、意識して見はじめたのはこの『SHERLOCK』からだと思う。あるいは、ジークフリート・クラカウアーの『探偵小説の 哲学』から。ルブランのルパンシリーズは小学校の頃に読んでいたけど、あれはどちらかというと「文章量の多い冒険物」として愛していた。この点で言うとジュール・ヴェルヌと同じ理由。

シャーロック・ホームズ、地動説を知らない

……それならまだしも、私の驚きが頂点に達したのは、偶然、同居人がコペルニクス理論も太陽系の配置も知らぬとわかったときである。この十九世紀に生きる文明人でありながら、地球が太陽の周りを回っていることを知らぬとは、いやはや驚愕の事実であり、私は理解に苦しんだのだった。 アーサー・コナン・ドイル Arthur Conan Doyle 大久保ゆう訳 緋のエチュード A STUDY IN SCARLET

加えて、シャーロックは推理に関係のない事柄(文学とか歴史とか)を頭の中から消去するようにしていると言う。

「思うに、そもそも人間の頭脳は、何もない屋根裏の小部屋のようなもので、選りすぐりの家具を揃えておかなければならない。未熟者は出会ったものすべてを雑多に取り込むから、役立つはずの知識が詰め詰めになるか、せいぜい他とない交ぜになって、挙げ句の果てには取り出しにくくなる。しかし腕の立つ職人なら、頭脳部屋にしまい込むものにはとても敏感になる。仕事の役に立つ道具だけを置いておくのだが、各種全般を揃え、完璧に整理しておこうとする。この小部屋の壁が伸縮自在で、際限なく膨らませると思っているなら、それは違う。いいかい、知識が一つ増えるたびに、前に覚えたものを忘れることになるのだ。それゆえに肝要なのは、有用なものを押し出してしまうような、無駄な情報を持たないことだ。」 「しかし太陽系くらい――!」と私が食い下がると、 「そんなものがいったい何になる?」と同居人は我慢ならないとばかりに口を挟む。「君によると、僕らは太陽の周りを回るらしい。しかしたとえ月の周りを回ったとて、僕や僕の仕事には一ペニィの得にもならない。」 アーサー・コナン・ドイル Arthur Conan Doyle 大久保ゆう訳 緋のエチュード A STUDY IN SCARLET

ここは彼の個性を際立てるものとして、愛しい部分だ。「君によると、僕らは太陽の周りを回るらしい。しかし月の周りを回ったとて……」の言い回しには美しさすら感じる。

このセリフ、主人公の性格づけをとてもうまく行なっていて、めちゃめちゃ評価できる。お嬢様がハンバーガー知らないのと同じような構造をしている。合わせて、そこに理屈がつくことで、キャラクターの基本的な態度が明確にできるし、さらにそもそも「理屈をつけられる」反省的なキャラクターであることもわかる。

果たしてシャーロック・ホームズは地動説を知らなかったのか。同じように文学は知らないとされていた彼だが、同事件中でもトーマス・カーライル(イギリスの歴史家・評論家)の言葉を引用していることから、実はワトソンを欺いていたことが判明する。その後の作品でも彼は様々な博識っぷりを発揮するらしいが、これはまだ未確認。

フッサールは「地球は動いていない」と主張した。

『緋色の研究』は、1886年に執筆され、1887年に発表された。

一方フッサールによって『コペルニクス説の転倒』という副題の草稿が発表されたのは、1934年。

これは、コペルニクス説(地球は太陽の周りを回っているという地動説を提示したもの)に現象的還元を行うことで、「地球は動いていない」というテーマを引っ張りだしたもの。

大地はドイツ語でErdeといい、これは地球も示す単語だ。この「大地 - Erde - 地球」という関係に対して、フッサール現象学的還元を行う。つまりパッと見、もっともらしい事柄について、それは一体なんなのかと問うていく。事象の大元を掘り下げていくこの手法は、考古学的とも言える。フッサールは、現象学的アケオロジーという語を使ってもいる。

シャーロック・ホームズエドムント・フッサールの接近

シャーロックが天動説について無関心であることは、フッサールの方面から見ると新しい意味を帯びそうだなって思って書いていたのが本稿。

フッサールのロジックとしては、大地は絶対的に動かないもので、もしそれが動くとすれば、別の大地が必要になる。しかしそうなってしまえば、前の「大地」は大地でなくなってしまう。

一方のシャーロック・ホームズにしてみれば、捜査のヒントはこの大地の上にこそあるもので、大地の下にはない。

このあたりまで書いて今日はフィニッシュです。