orikuramizenのブログ

フランス語、ドイツ語、映画や本についてなど。いろんなことを横断的にやっていこうと思っています。

[文化史]クラムチャウダーを巡る冒険(1)

クラムチャウダーが美味い。 あさりの出汁がよく出ているし、塩味が牛乳のまろやかさと絶妙にマッチしている。
僕はキャンベルの缶のクラムチャウダーがとても好きで、これが食べられるときは実に幸せになる。

キャンベル クラムチャウダー EO缶 305g×4缶

キャンベル クラムチャウダー EO缶 305g×4缶

こういうもの。
作り方は簡単で、

  1. 缶の中身を鍋に開け、
  2. この缶1杯分の牛乳を複数回に分けて注ぎつつ、混ぜる。

これだけだ。とても簡単だし、これで3人前はできあがる(すぐ食べてしまう)。

僕としては、これとミネストローネと共に「ちょっと高級なスープBEST3」にカウントしたいところである。

でも、そもそもクラムチャウダーとは何だろう。 僕はこれを以下のように考えていた。

  1. あさりはclam(英語)
  2. 熱いはchaud(フランス語)

だから、クラムチャウダーとは「あったかあさり(のスープ)」だと思っていたのだが、どうやらことは違うらしい。


日本語版wikipedia「クラムチャウダー」の項より

クラムチャウダー(英: clam chowder)は、二枚貝を具としたチャウダー。一般的には玉ねぎ、ジャガイモ、セロリなどの野菜が加えられる。( クラムチャウダー - Wikipedia

なるほど、あのハーブっぽさはセロリだったのか。
独特の爽やかさが広がる。
思えば、ムール貝のワイン蒸しとかでもふんだんにセロリを使うわけだし、貝類とセロリは相性が良いのかも知れないな。

ここで気がつくのは、想定していたのとスペルが違うという点だ。正しくは、"clam chowder"。

アメリ東海岸ニューイングランドが発祥地で様々な種類がある。ニューイングランド風は牛乳をベースとした白いクリームスープでありボストンクラムチャウダーとも呼ばれる。マンハッタン風(あるいはニューヨーク風)は赤いトマトスープである。
一般に、ボストン近辺に漂着したフランス人漁師の発案といわれ、その名もフランスの大鍋(chaudière)が語源とされるが、当時、彼らと友好関係にあったアメリカ先住民のミクマク族料理の翻案との説もある1

アメリ東海岸ニューイングランドが発祥地で…」
「一般に、ボストン近辺に漂着したフランス人漁師の発案といわれ…」
「その名もフランスの大鍋(chaudière)が語源とされるが…」
「当時、彼らと友好関係にあったアメリカ先住民のミクマク族料理の翻案との説もある」

マジか…。 なんとなく、白くて高級そうな料理はフランス発だと思っている節があった(トマト由来の赤さがあれば「イタリア発」と僕は思っただろう)。

ここで、以下のような問題が設定できると思う。

  1. クラムチャウダーの発祥地は本当にニューイングランド

  2. ボストン近辺に漂着したフランス人漁師は誰か。その後どうなったか?

  3. chowderとはなにか

  4. ミクマク族とは何者か。またどのような料理を行なっていたか?


1.クラムチャウダーの発祥は、本当にニューイングランド

EATERというサイトの「A Brief History of Clam Chowder」という記事は、クラムチャウダーの歴史について簡単にまとまっているのでおすすめだ。

それによると、どうやらクラムチャウダーなる料理には大きく分けて二種類存在するらしい。
赤いクラムチャウダーと白いクラムチャウダーである。

  1. 白いクラムチャウダーニューイングランド風)
  2. 赤いクラムチャウダー(マンハッタン風あるいはニューヨーク風)

僕らの「クラムチャウダー」として想像する「牛乳ベースの白い魚介スープ」は「ニューイングランド風」と呼ばれらしい。

『Savoring Gotham: A Food Lovers Companion to New York City』という本によると、1930年代から1940年代にかけて、どちらのクラムチャウダーが正当かを巡る論争(chowder wars)が起こっていたようだ。

Savoring Gotham: A Food Lover's Companion to New York City

Savoring Gotham: A Food Lover's Companion to New York City

この時期、料理家のEleanor Early(1891-1961)は、彼女の著作『New England Sampler』(1940)の中で、
"(マンハッタン風とかいうものは)ただの野菜のスープにすぎず、ニューイングランド風クラムチャウダーとは一緒にしないでもらいたい"
と述べている。

A New England Sampler

A New England Sampler

この論争がはじまってから数年後、シェフのLouis P. Gouyは『The Soup Book』(1949)という著作の中で、以下のように述べている。

"Clam chowder is one of those subjects, like politics and religion, that can never be discussed lightly. Bring it up even incidentally, and all the innumerable factions of the clambake regions raise their heads, and begin to yammer."

私訳すると「クラムチャウダーというのは、政治とか宗教と同じように、いくつかあるものの1つの名前であり、軽々しく議論されるべきものではない。…」という意味になる。

特筆すべきは、彼がクラムチャウダーの多様性を認めようとした点にあり、正当なレシピというある種の権威づけをやめ、集合的なものとして捉えようとしていた点である。

この姿勢には見習うべきものがあるのだが、問題もある。

驚くべきことに、本書の中で彼が「ニューイングランド風」として紹介しているレシピには、トマトを含むものがあるという点だ。

様々な紆余曲折があって、現在、マンハッタンの辺りでは、ポテトも牛乳も使わず、トマトを使ったチャウダーが「マンハッタン風」として共通理解となっているとのことである。

逆に食べてみたいけどね。マンハッタン風。

ただ、本稿では「白いクラムチャウダー」の正体を知ることを目的としている。
それは何で、どこから来たのか。

つまり僕らは、チャウダーアメリカに上陸したときの時代に目を向ける必要がある。


3-1. chowderとは何か

フランス語版のWikipediaには、この語源について以下のように記されている。

L’origine du terme chowder est obscure. Certains la font dériver du mot « chaudière » pris dans le sens de « chaudron ». Il est plus vraisemblable qu’il émane de la « chaudrée », épaisse soupe de poisson des régions côtières de Charente-Maritime et de Vendée.

訳してみよう。

chowderの語源は定かではない。« chaudron »(鍋)の意味になった語« chaudière »(古語では「釜」)の変化した語とする説もある2。より確かなのは、Charente-Maritime県とVandée県地方3の濃厚な魚のスープである« chaudrée »という料理に由来するという説である。

というような意味になる。
実際、フランス語ではクラムチャウダーのことを「Chaudrée de palourdes」というらしく、これはそのまま訳せば「(ハマグリ、あさりの)二枚貝のスープ」という意味になる。 4 ちなみに、これは牛乳とジャガイモを含んでいる。

もし、これがchowderの語源なのだとすると、ボストン近辺に漂着したフランス人漁師は、この辺り出身であるのではないかという仮説が立てられる。

ただし、そんな事件が本当にあったとして、の話だ。
〈漂着〉というのは穏やかな話ではない。
それはいかに頻度が高かったとしても、いつだってひとつの事件である。


3-2. クラムチャウダーの歴史

では、そもそもチャウダーが誕生したのはいつ頃の話なのだろうか。

前掲サイトの「いつ最初のクラムチャウダーが作られたのか?(When was clam chowder first created?)という箇所によると、

『Savoring Gotham: A Food Lovers Companion to New York City』という本によると、ニューイングランド式のクラムチャウダーがこの地方に持ち込まれたのは、フランス、Nova Scotianあるいはイギリスからの移民によってで、1700年代にはアメリカでよく知られるようになった。

とのことである。
さて、ここで一旦目的を整理する。
僕らのよく知る「白いクラムチャウダー(New England style)」はどこから来たのか
これが、今回の知りたい内容だ。

一方、この『Savoring Gotham: A Food Lovers Companion to New York City』という本は、それ自体よくまとまっているようなのでとても面白いのだが、困ったことに「Manhattan Clam Chowder」の項はあっても、「New England style」についての項はない。

上述の通り、ここではマンハッタン風クラムチャウダーを巡る論争の中で、そのいわば鏡像として、ニューイングランド風クラムチャウダーの存在が浮かび上がっているにすぎないのだ(しかもその色も、トマトの有無によって二転三転している)。

そこで、問題をアメリカ上陸以前・直後のクラムチャウダー、前=クラムチャウダーはいつ、どこから来たのか」と改めた方が良いかも知れない。

このうち、「いつ」についてはある回答が得られている。
Richard J. Hooker著『The Book of Chowder』(1978)[^2]は、1751年から1972年までのクラムチャウダーのレシピを紹介している本だ。

The Book of Chowder

The Book of Chowder

当書で紹介されている最初のレシピは、「A Boston Fish Chowder, 1751」と題されているもので、これは1751年09月23日のThe Boston Evening Postという新聞に投稿されたものらしい。

This is the earliest known recipe for chowder in North America. ...

という説明から始まるそのレシピを読んでいると、注目すべき点がいくつかある。

1 スペルが"CHOUDER"であること
2 そもそもアサリも牛乳もトマトも使っていないところ

…ヤベェ。
"最古"のレシピ、アサリすら入っていなかった。
(魚は入っている。あとこのレシピ、やたらと韻を踏んでいてほとんど詩である)

何風にしろアサリがクラムチャウダーの共通項だと思っていただけに、これは衝撃だった。
こうなるともはや、クラムチャウダーは「アサリのチャウダー」という認識の方が良いかもしれない。
エビのチャウダーとかあるんちゃうか[^1] …。

段々正体が怪しくなってきたクラムチャウダーである。
今では「魚介を大鍋で似たもの」くらいの意味まで解体してきてしまった。



切り替えていく。 いずれにせよ、前=チャウダーなるものが存在したことは確かだろう。
ここまでくると歴史哲学の話にもなりかねないが、今は前=チャウダーの話を追うことにする。

焦点とするのは冒頭にあげた日本語版wikipediaの記述だ。

一般に、ボストン近辺に漂着したフランス人漁師の発案といわれ、その名もフランスの大鍋(chaudière)が語源とされるが、当時、彼らと友好関係にあったアメリカ先住民のミクマク族料理の翻案との説もある。

今、僕らはこの発祥を以下の4つのうちいずれかから選ぶ必要がある。

  1. フランス人(Charente-Maritime県とVandée県地方に似た料理がある)
  2. ミクマク族
  3. Nova Scotian
  4. イギリス人

次回は、彼らが一体何者なのか、という点について検証していく。
意外なことに、彼らの間には壮大なドラマと繋がりがあった。

答えは、北アメリカの奥地にあった。



  1. 堪え性がない

  2. この辺りについて、語義の発生順番を確かめること

  3. Charente-Maritime県とVandée県の料理はどのような特徴を持つか?

  4. ちなみに、アサリがいつ頃加わったのか知りたかったので、僕はこの本買ってしまった。届くのを待つばかりである。