orikuramizenのブログ

フランス語、ドイツ語、映画や本についてなど。いろんなことを横断的にやっていこうと思っています。

[文化史]クラムチャウダーを巡る冒険(2)

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以前、上のような記事を書いた際には、まさかここまで間隔が開くとは思っていなかった。

クラムチャウダー < チャウダーである。

The Book of Chowder

The Book of Chowder

前回の最後に購入してしまった本を、久しぶりに読み直してみた。
1978年に出版された本で、主に北アメリカにおけるChowderのレシピが掲載されている。 1751年から1972年までのものが紹介されており、Chowderという料理の200年に渡る歴史を垣間見ることができる。読む分にはあまり難しい英語でもないので、是非とも読んでみて欲しい。著者は、Richard J.Hooker。

さて、もともとクラムチャウダーとは何か、という題目でこの連載をはじめているわけだが、まず確認しておくべきポイントがひとつある。

それは、Clam Chowder < Chowder である、という点だ。

クラムチャウダーというのは、チャウダーの一部門である。
なので、"クラム"ではない他のチャウダーもあるはずで、実際、ビーンチャウダーやフィッシュチャウダーなど、様々な種類があるらしい1。 とはいえ、この事実は、クラムチャウダーチャウダー類の代表的な存在であることを否定するものでもないだろう。

そもそも、チャウダーとは何か。

ハウス食品のサイトによると、チャウダーとは、

いわば、「スープとシチューの中間ぐらい」に位置する煮込み料理 housefoods.jp

とのことで、これは僕個人の感覚とも一致する。
そう、あのドロドロの食べ応えのある感じが好きなんだ。具材がゴロゴロとしていてさ……。

チャウダーはどこから来たのか

前述の参考資料『THE BOOK OF CHOWDER』は、主に北アメリカにおけるチャウダーのレシピを集めた本だが、そのイントロダクションのところには、アメリカ上陸以前のChowder史について、いくつかの説がまとめられている。

それによると、一説には、アメリカのChowderのはじまりとも言えるものは、フランスはブルターニュ地方の小さな漁村に見られるという。
このChowderは、船に乗ってイギリスに渡り、18世紀はじめには、NewfoundlandやNova Scotia、New Englandなどに到達し、南下していった。
英仏によるアメリカ大陸の植民地化と、また国際的な海洋貿易を背景に、Chowderは広がっていったとのことである。

ただし、この見方についても著者は慎重だ2

Richardによると、「チャウダーはフランスで生まれた」という説が最初に言及されるのは、19世紀になってからだという。1869年に出版された『Notes and Queried』には、「chowderという語は、フランス語のchaudiereやcauldronの変化したもの」という話が載っているとのこと。"ici on fait la chaudiere"という言葉もよく使われていたそうで、"Faire la chaudiere"とは、調理済みの料理に対する礼として、小魚とビスケットを煮込んで香りづけしたものを 振る舞うことを意味した。

この、「魚とビスケット、香りのあるもの」という組み合わせは、初期のアメリカChowderに共通して見られるものだが、chaudirereという語が、どのようにして北アメリカに到達したかについては明らかではない。NewfoundlandあるいはNova Scotia沖で仕事をしていたブルターニュ地方出身の漁師によってもたらされた可能性は高いと、著者は書いている。

実際、早くとも16世紀には、chowder、chowter、訛ってjowderという語は、魚の売り手として、CornwallやDevonshireでは知られていた。

まとめ

  • アメリカ上陸以前のChowderについて:
    • フランスの漁村で生まれた煮込み料理として。
    • caudiere、cauldron、"ici on fait la chaudiere"や"Faire la chaudiere"について、もう少し掘り下げること。
  • アメリカ上陸以後のChowderについて:
    • Chowderがアメリカに上陸したのは、植民地化を背景に、英仏との交流が持たれたからとする。植民地化がはじまったのが16世紀後半とのことなので、だいたいこの時期くらいにChowderが流入してきたのだろう。
    • 気になるのは、前回の記事でも書いたが、ミクマク族の存在。Chowderは海のものを煮込んだ料理なので、似た料理は広く見られると思われるが、植民地化の際に現地住民と交流があったとの話もあり、そこに何らかのドラマがあったのではないか、と撮れ高を期待してもいる。

チャウダーに入る具材について

前述の記事では、以下のように書いた。

『Savoring Gotham: A Food Lovers Companion to New York City』という本によると、1930年代から1940年代にかけて、どちらのクラムチャウダーが正当かを巡る論争(chowder wars)が起こっていたようだ。

ここで、正当性を争われていたのは、大きく分けて2つのChowderである。

  1. 白いクラムチャウダーニューイングランド風)
  2. 赤いクラムチャウダー(マンハッタン風あるいはニューヨーク風)

白いクラムチャウダーには牛乳とかクリームが必要で、赤いクラムチャウダーにはトマトが必要なんだけど、それぞれどの時代から入り始めたのか、という点がポイントになってくる。Chowder自体は、海上で作られる漁師の料理だったこともあり、上述の具材は海上で保存できたのか(特に牛乳なんかそう)というのが問題だ。この点については、今回の資料を読んでいけばわかることだろう。



  1. そうはいっても、あまり馴染みがないのは、僕にとってのチャウダーがすなわちクラムチャウダーだからだろう。その点からすると、赤いクラムチャウダーが異端に思えてしまうのも事実だ。心が狭い。

  2. “ So in any account of the early wanderings of chowder, facts must at times make way for supposition. ”