Twitterが永久凍結された日
深夜に目を覚すと、Twitterのアイコンに一件の通知があった。いつものように開くと、永久凍結されましたの表示。全く心当たりがない。捻り出すなら、
- メス堕ちというワードを出した
- メンヘラツイートが多い
- 自分の葬式の話をした
- Spotifyのリンクを貼ることが多い
- このブログへのリンクを貼ることが多い
他にもあるかもしれない。他者を攻撃したことはない、という認識だが、それも主観でしかないしな。脳直Twitterをやってるので、そこの認識が怪しい。内容、書き方が他者の気分を害している可能性は、原理的には排除できない。
とりあえず、日本語で異議申し立てを送った。改善がなければ、英語でも送るし、それでダメならドイツ語でもフランス語でも送ろうと思う(後の方は意味ないと思う)。
Twitterに依存している
Twitterをはじめてから、今年で12年だったはずだ。ドン引きである。振り返れば、貴重な青春時代から、社会に出て、挫折した中にもTwitterはあった。
群れるタイプではないし、孤独にも耐性があると思うのだが、ひとのいるところには住んでいたいと思う。社会の息吹を感じていたい――と思うぼくにとって、Twitterというか「情報が常に流れているタイムライン」というのはちょうどいいものであった。
脳直Twitterの功罪
メリット
- 言語を用いる基礎体力みたいなものを維持することができる。
一応、文章を書くことを趣味としているので、言葉を出力するための基礎的な筋力みたいなものは維持したい。ツイートという行為は、これを最低限度維持できる。この場合の「最低限度」とは、「身体機能の維持に必要な筋力」というような、本当の意味での最低限度の話だ。
- 衝動を言語化できる
デメリット
- 時間がなくなる
- 内容について精査する時間を取らなくなる : ネタ出しとしては良いのだが、それで満足してしまうことも多い。去年の暮れあたりからは、意識的にこれを再編集してブログの記事にするという流れも作ってはいるが、本質的なところは変わっていない。
- メンヘラツイートによって、露出的になっていないか : 不安や混乱、内的葛藤も含めて言語化できてしまう。これを禁じられることで、ぼくはこれらを抑圧できるかもしれないという希望もある。
疑問点・未分類な点
※ 現状、功罪として分類はしていないが、ひょっとすると努力次第で解消できるかもしれない項目
- ひらめきをどうするか : Twitterとの接続が途絶えて、しかしまだTwitter的に「速やかに言語化しておきたい」という気持ちが残っているのであれば、「早いうちに構造を残す技術」を養うことができるかもしれない。メモを使えば良いとも思うのだが、文字数制限がないことで、切りがつかないという癖がある。これを矯正すべきかもしれない。メモ帳がごちゃごちゃになるの嫌いなんだけどな。
- 「これ良かった!」という感情を共有する場が減る : この曲が素晴らしかった、このアニメや映画が面白かった、という感情を出す場所が減ってしまう。ブログにするまでもないことというのは多い。
もっとも、文章を趣味とするなら、こういった些細な反応を深めて記事にする運動も悪くはないと思う。
大小問わず、感動というものを疎かにしてきたのでは、という考えも持っている。
脳直Twitterをやることによって、本来ならもう少し深めることができた感性や、そのチャンスを逃してきたのだ、とすることもできる。
(後から見返しても)分かりやすい構成、正しい言葉選びを意識した文章を熱いうちに作ってしまう能力――文章をやっていく上では、必須級に重要な能力なはずなのに、延期してきたと見ることもできる。
危惧するとすれば、「今日聞いた良い曲10選」みたいな記事を量産しかねないところか。それも個性になるかな。ブルアカのサントラが良すぎる件、とか。
Twitterがなければ明確に困ること
※ どれだけ深刻に捉えているか、切羽詰まっているかは別とする
- Twitterでなければ連絡のつかない友人がいる : 相手の機材環境的にそういうひとがいるし、まだ他の連絡手段を交換していなかったひともいる。
- インプットが減る : タイムラインでは、まれに大喜利、与太話が開催されている。これに触発されて、自分でも妄想を展開することもあった。時にはそれをより深く調べてみようとしたこともある。これがなくなるのは寂しい。
- タイムラインに独特の雰囲気が感じられなくなる : 調味料がひとつ減るようなもの。適応できなくはないが、それでもやはり愛着があるのだ。
- Twitter中毒なので、気が狂う
結局どうするか
- 一応、異議申し立ては何度かするつもりだが、多くて3回までな気がする。こういう手続き系というのは疲弊するものだし、それだけのメリットがあるかというと微妙だ。この先、寂しくなったときにリトライすることはあるかもしれない。
- 第一、タイムライン上からぼくが消えたところで、切羽詰まって困るひともあまりいないんじゃないか。もし、そういうひとがいるのなら、ぼくは問題解決のためにそこそこがんばれる。しかし、自分ひとりが我慢すれば良いのであれば、別の路線を開拓するような気もする。
ひとまずはこんなところかな。
ってかなんで「これから!」って思ったときにこういう問題が発生するんだよ...。
追記
おれだけじゃないみたいだな。 news.yahoo.co.jp
02/03 08:23 ツイートさせてくれ、みんなにまた会わせてくれ…ツイートさせてくれ、気が狂いそうだ……キヒーッ!
02/03 10:55 なにも手につかない。ツイートがしたい。普段はこんなこと考えないのに……。一応、アプリの検索機能は生きてるから、情報の流れ自体は作れる。特定のワードで絞り込みをかけるので、当然ながら、似た話ばかり流れてしまう。タイムラインに求めていた多様性が滅んだ。
02/03 11:04 タイムラインにいるのを見ると嬉しくなるというか、落ち着くというか、心が和むアカウントというのがある。調べてみたら凍結されてないじゃん。おれだけかよ……。